<トピックス>

患者さん自らの経験を基に、医学の教科書を!!

来春の出版を目指す「患者が作る医学の教科書」。そのプロジェクト会議が2008年7月に行われ、看護師向け雑誌への連載経過と、書籍出版に向けての具体的な取り組みが話し合われました。

「患者が作る医学の教科書」とは

「医学の教科書は、医師や専門家が書くもの」という常識を覆し、「患者さんが医療関係者用の教科書を執筆する」という過去に例を見ないコンセプトで制作されている書籍が、「患者が作る医学の教科書」です。

これまでの医学の教科書とは、疾患を科学的に解説するものであり、そこに患者さんの視点や立場を盛り込む、という発想は存在しなかったことから、教科書の記述には、患者さんの体験や思いなどの「率直な声」や、実際に起こる症状についての現実感や表現が乏しかったのです。そのため、患者さんが自ら感じていることを説明する言葉と、医師が使う医学用語とにギャップが生じ、診断や治療に影響を与えるという側面がありました。

そこでそのギャップを埋め、医師や看護師、そして今教育を受けている医療系の学生といった方々が患者さんとより良好なコミュニケーションを築く一助となるべく、この書籍の企画が生まれました。

当然のことながら執筆する患者さんには、何を伝えることが医療関係者の役に立つのか、体に起こっていることや感じていることと医療関係者が理解していることのずれはどこなのかを考え、主観的なつらさや苦しみ、苦々しい感情の吐露とはひと味ちがう客観的な表現が求められるため、書くのが大変難しい書籍であることは想像に難くありません。

多彩な顔ぶれのプロジェクトメンバー

制作チームの中心は、これまで医療者と患者さんとのコミュニケーション向上に取り組んできた関東学習会のメンバーですが、他に患者さんやそのご家族、医師、看護師、福祉などの専門職、ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会(VHO‐net)など、多種多様な方々が参加しています(表1)。

その1人、群馬大学医学部附属病院で情報医療学を研究している酒巻哲夫教授は「2年以上にわたって議論を重ね、多くの疾患を網羅することを目標に活動を続けてきました。医療を提供する者と受ける者が、教科書を作るために同じテーブルについて議論すること自体、大変画期的なことです」と述べています。

その端緒は、看護師向け雑誌への掲載から始まった

しかしその出版はすんなり実現したわけではありません。「患者さんが医師に教える」という前例のないスタンスであるため、医学系出版社には次々と出版を断られてしまったのです。そこで少し視点を変え、ターゲットを看護師向けの雑誌・書籍等を手がける出版社に変更したところ、その中の(株)日総研が出版を引き受けてくれることになりました。そして読者の反応を見るためにも、書籍化に先駆けてまず自社で刊行する看護師向け雑誌への掲載を申し出てくれたのです。

掲載の最初を飾ったのは、患者としてプロジェクトに参加していた「中枢性尿崩症の会」の大木里美さんでした。大木さんに続いて糖尿病、乳がんといった疾患の患者さんが「月刊ナースセミナー」、「隔月刊がんけあナビ」などに次々と原稿を提供していきました(表2)。

今後の課題は、執筆者の思いを損なわない編集の実現

症状も原因も、患者さんの生活も千差万別である疾患を書籍としてまとめていくには大きな困難が伴います。患者さん自身による執筆活動は、痛みや病状に左右される場合も多いため、本人の負担が大きく速やかな進行は難しいのが現状です。また、患者さんが思いをこめて執筆した原稿に対して修正を依頼する際も、「思い」を否定されたという誤解が生じないよう細心の注意が必要です。プロジェクト会議では、こうした問題を真摯に受け止め、制作を円滑に進行させていくための方法が熱心に議論されています。雑誌掲載時の経験に基づき、酒巻教授はそのポイントを「修正を依頼するときには、実際に会ってこちらの真意を伝え、なおかつ先方の思いをくみ取ること」と説いています。原稿の中によくわからない文章があったとしても、直接本人からその真意を聞くと納得させられることがままあり、「その場合は、あえて修正せず患者さんの意向を優先させるのですが、そちらを優先させすぎると、今度は読み手にわかりにくい文章となる可能性があり、今後は編集側がどこまで文章に手を入れるのか、どうやって書き手、読み手ともに納得する文章にしていくのか、その方法論が課題」と、制作プロセスを総括しています。

患者団体にとっても、医療関係者にとっても、そして、このプロジェクトにかかわってきたヘルスケア関連団体ネットワーキングの会にとっても、新らしい医療を実現する可能性をもつ「患者が作る医学の教科書」の完成が、一歩一歩、進められているのです。

表1:患者が作る医学の教科書
プロジェクトメンバー(敬称略)
岩本ゆり NPO法人楽患ねっと副理事長
大木里美 中枢性尿崩症の会 副代表兼関東支部長
大竹弘哲 公立七日市病院神経内科医長
北村 聖 東京大学医学教育国際協力センター教授
加藤眞三 慶應義塾大学看護医療学部・医学部教授
松下令子 埼玉医科大学 保健医療学部看護学科教授
高畑 隆 埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉科教授
酒巻哲夫 群馬大学医学部附属病院 医療情報部教授
藤江茂司 日本コンチネンス協会 事務局長
池辺成人 (株)日総研出版 大阪デスク長
喜島智香子 ファイザー(株)コミュニティー・リレーション部
表2:〜現在までのプロジェクトの活動〜
2006年10月 第6回ヘルスケア関連団体ワークショップ内で企画の打診
2006年12月 世話人会およびワークショップ準備委員会で協力依頼
2007年1月 中枢性尿崩症の作成見本原稿完成
2007年5月 患者が作る医学の教科書 プロジェクト発起人一同で打ち合わせ
2007年7月 第1回意見交換会
2007年10月 第7回ヘルスケア関連団体ワークショップ内で執筆を打診
2008年1月 中枢性尿崩症の作成見本完成(第4版)
2008年2月 執筆者用の作成プロセス完成
2008年5月〜 「月刊ナースセミナー」「隔月刊 がんけあナビ」掲載開始
▽月刊ナースセミナー
6月号「中枢性尿崩症・中枢性尿崩症(CDI)の会」大木里美さん
7月号「I型糖尿病・IDDMネットワーク」陶山えつ子さん
8月号「てんかん・日本てんかん協会」吉成真基子さん
▽がんけあナビ
6号「白血病・血液疾患患者さんと家族の会 晴れの会」堀田めぐみさん
7号「乳がん・あけぼの会」富樫美佐子さん