<トピックス>

第15回ヘルスケア関連団体ワークショップ
患者団体の活動を支える「軌跡・継続・変革」について議論し、さまざまな課題を解決するヒントを探る

2015年10月31日・11月1日、東京のファイザー株式会社 アポロ・ラーニングセンターで、第15回ヘルスケア関連団体ワークショップが開催されました。今年のテーマは「軌跡・継続・変革」。15回という節目の年でもあり、2001年の第1回開催時の世話人であった、あけぼの会 会長のワット隆子さんと、日本リウマチ友の会 会長の長谷川三枝子さんを講演者に招き、長年の患者団体活動の軌跡、継続、変革の手法についてお話しいただきました。その後、社会情勢の変化に対応し、それぞれの団体が抱える問題について解決のヒントを全員で議論する、熱い2日間を過ごしました。

分科会・グループ発表・全体討論 / ワークショップ15回の軌跡と継続・変革について

ワークショップ開催15年
難病法施行元年の節目に
開会挨拶で中央世話人の(一社)全国膠原病友の会の森幸子さんは、「2015年1月から難病法が施行されました。その基本理念には、難病患者が社会参加し地域社会で尊厳をもって共生すること、さまざまな関係機関、施策が連携して総合的に支え合うことがうたわれています。VHO-netのワークショップが目指しているものはこの基本理念にも通じ、議論を積み重ね、共生の関係を築いてきました」と述べました。
続いて、ファイザー株式会社 梅田一郎代表取締役社長による歓迎の挨拶では、中央世話人・地域世話人による運営体制の充実や、各地域学習会での熱心な運営委員会の開催、ワークショップ開催では準備委員会が会議を重ねてきたことなど、VHO-netスタッフの労をねぎらいました。そして「今回はこれまでの活動を振り返り、今後の展開を考え、継続と変革の重要性を改めて考える機会になればと期待しています」と述べました。
基調講演後は6グループに分かれての分科会が行われ、講演についての感想、それぞれの団体の軌跡、継続、変革について、熱い話し合いが繰り広げられました。 2日目は、それぞれのグループから分科会でのまとめが発表され、質疑応答から全体討論へと進行しました。深い議論があり、ユーモアある発言で笑いが絶えず、2日間健闘した姿勢への暖かい拍手がありました。ワークショップでの学びをそれぞれの団体に持ち帰り、活かしていくことを改めて確認し、閉会となりました。

基調講演:創る、やめる。数々の変革を経てより充実した団体へ

ワット 隆子 さん(Breast Cancer Network Japan - あけぼの会 会長)

あけぼの会のモットーは「再び、誇り高く美しく!」。1978年の発足以来、変革を重ねてきましたが、その中から今回5つをピックアップしました。

①ホームページの改変:2000年に開設しましたが3年後、2003年に全面リニューアルし、とても有効なツールとして生まれ変わりました。更新頻度を高め、各県の催しや相談会の情報も載せています。このホームページができてから、入会者の99%がここからアクセスしてきます。

②全国組織を分解する:2007年には40の都道府県にあった支部を独立させる方針を取りました。13の県が独立し、地域に密着した活動をしています。人材が育ち、私をしのいで、私以上のことをやっています。 ③レター会員の新設:あけぼの会の新規入会の年会費は4千円です。そこに、「レター会員」というシステムを導入し、年4回発行の機関紙代千円だけを支払うという、新しい会員制度をつくりました。患者目線で作る機関紙はとても好評で、今後、私は会員すべてをレター会員にしたいと考えています。それでは団体運営が難しいという声もありましたが、これは発想の転換です。無理のない会費で会員が増えれば、収入増になります。それだけの機関紙を作っているという自負があります。

④あけぼのハウスの創設:1994年からあけぼの会は「病院訪問ボランティア」を始めました。元気になった乳がん患者が入院患者を訪ね、情報を提供するというシステムで、ある病院が賛同してくれて継続してきました。しかし、2010年にはその活動をやめ、各地域で無料の乳がん相談室「あけぼのハウス」を定期的に開催するようにしました。訪問するよりも来てもらう。よりオープンな形です。全国の開催情報を逐次ホームページで公開しています。

⑤やめたこと:全国会員名簿の廃止。名簿は名前から詳細な手術情報まで、個人情報の塊です。それが3千名近くある。不安を感じる声もあり廃止しました。もうひとつは、30年間行ってきた母の日キャンペーンの廃止です。母の日に全国の会員が街に出て「お母さん、乳がんで死なないで」というメッセージ入りティッシュを配ってきました。けれども類似したイベントが現れ、どこで何個配れたかなどという結果に固執し、初心が忘れられているように感じ、2015年はやめました。時代に即応した決断でこの2つをやめたことは大いなる変革でした。

変革には痛みが伴い、それを覚悟しなければなりません。一番大切なことは会員に喜んでもらうこと、そしてリーダーとスタッフが自信と喜びとともに、活動のモチベーションをもち続けることです。それは必ず会員に伝わります。私はかなり独裁です(笑)。みなと相談していたら前に進めないから。とにかく変革がないと進歩がありません。

基調講演:『リウマチ白書』の発行を通して「継続」の意義を考える

長谷川 三枝子 さん(公益社団法人 日本リウマチ友の会 会長)

日本リウマチ友の会は1960年創立で、疾患別の患者団体では日本で一番古いと言われています。当時は「リウマチ神経痛・年寄りの病気」という概念で、薬もなく、強い痛みの時は安静にしていなさいと言われ、安静にしていると手足が動かなくなり、寝たきりの患者が多い時代でした。そこで、患者が支え合い、病気について勉強しなさいという医療者からの助言で会が発足しました。ワットさんの、あけぼの会とは対照的で、ある意味、型に沿って団体を運営してきたと言えます。そのため会員登録、会費はとても大切で、活動の基になっています。会員は一時2万人を越えましたが、今は1万5千人です。減少の要因はインターネットで情報が得られるようになったことも考えられます。

『リウマチ白書』は1977年に初めて発行された、リウマチ患者の実態調査です。当初は専門職が分析していましたが、1985年からは会員である患者自身が分析・検討して執筆し、5年ごとの周年事業として発行。2015年まで継続して発行してきました。理事の中から調査委員会を立ち上げ、まず予備調査の設問を作ります。全国会員から200名をアトランダムに選び、わかりにくい設問、追加したい設問などについてリサーチします。返答を検討し、理事会で整理し、その後正式に会員に調査表を発送します。その回答を集計・分析し、白書を作成していきます。

現在、『リウマチ白書』は、「総合編」「患者の声編」「啓発編」「資料編」の4部作です。「総合編」は性別や年齢層別に、医療や社会保障などを含めた調査を集計し、医療、福祉、社会に対しての要望なども掲載しています。「患者の声編」は患者の思いをまとめたもので、ヘルパー研修、看護学校生用などにも活用され、「啓発編」は「総合編」からの抜き刷りで、一般社会に配布。「資料編」は医療関係者が広く活用しています。

白書からは、さまざまなことが読み取れます。2003年にバイオ製剤が承認されてからは、治療の目標は「寛解」を目指せるようになり、同時に高額な薬価の問題が浮かび上がりました。毎回、厚生労働大臣に提出し、疾患の原因解明と治療法の確立、専門医の不足、高齢化社会での施策の必要性を訴えています。このように、『リウマチ白書』からは患者のすべての実態が読み取れます。それを解決しながら活動の原点として白書に帰って行く。そういう形で『リウマチ白書』を位置づけています。

制度が確立され、必要とする患者が必要な治療を選べる時代になれば私たちは解散できます。でも、2015年の白書を読めば、まだ、たくさんの問題を抱えていることがわかります。患者団体の継続、社会的な役割をもち変革をしながらの歴史ということで、本日のテーマについての講演を結びます。

パネルディスカッション:お二人の講演を受けての質疑応答が行われました

Q:患者団体をつくろうと思った最初の思い、それがどう今につながっているのでしょうか?

長谷川 私は21歳で発病し、20代は真っ暗なトンネルの中。自分の病気を知ろうにも情報がなかった時代です。そんな中、良い主治医と出会い、信頼関係が生まれました。そして自分と同じ病気の患者はどうしているのだろうと思った時に、社団法人日本リウマチ友の会という患者団体がありました。任意団体ではないというのが入会のきっかけでした。入会して良かったと思うのは、チームで仕事をしていけること。『リウマチ白書』を作るのも、理事、委員会、会員、みなで意見を出し、みなで作る。全国の人に支えられ、私もまたそのひとりであるということです。

ワット 私は1971〜76年までアメリカに住んでいました。アメリカでは30歳を過ぎれば乳がん検診を受けるのは常識でしたが、帰国してからはどこで検診を受ければいいかわかりませんでした。それで自分で触ってみるとしこりがあり、様子を見ようという医師を押し切って、生検を受けました。悪性でした。その時は楽観的で、医師に「だから言ったでしょ」と言いました。でも、その後、がんには「再発」があることを知りパニックになりました。日本の乳がん患者はどうしているのだろうと思いました。そこで新聞に投書し、この体験を活かして社会に還元していこうと。反響が大きく、38歳であけぼの会を発足させました。

Q:患者団体では財政問題がいつもネックになります。その点については?

長谷川 『リウマチ白書』は5年ごとの周年事業で、毎年1千万円ずつ積み立てをしています。うちは記念大会などには予算をかけず、白書にしっかりと費用を投入します。もちろん寄付もいただきますし、スタッフに給与も支払います。大事な事業にはきちんとお金を出す主義ですね。

ワット うちは正直、赤字ですね(笑)。ですが幸い、スポンサーがついていて、寄付をいただいています。私たちは意図的に任意団体のままで来ました。NPO法人になって事務処理に時間を取られるのは避けたい。でも、自尊心やプライドがなければこういう仕事はできません。やらなければならないから活動しています。

Q:好対照のお二人ですが、共通しているのは常に会員が幸せであること、会員のニーズや困難な点はどこなのか、その信念はきっちりと握って離さないという点です。団体が元気であるための「キモ」のようなものを教えてください。

長谷川 解決しなければならない問題があれば、それはみなの目標です。大勢の人間がかかわる仕事はやはり難しいです。でもそれは小さな問題であって、大きな目標を掲げることで継続して来られたのかなと思います。

ワット 変革は大事ですね。変革がなければ退屈。退屈したらスタッフもやる気をなくす。リーダーは常に新しいことを考えていかなければなりません。みながこの団体を好きと思ってくれるような進め方を、いつも心がけています。

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