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当事者と医療職、2つの視点からヘルスケア関連団体の活動にかかわり経験を語り合う場づくりにも取り組む

鹿島台子育て支援総合施設
なかよし園 看護師
菱沼 優子 さん

看護師として地域や施設でのケアに従事しながら、NPO法人 日本コンチネンス協会(以下、コンチネンス協会)の宮城県勉強会を立ち上げ、ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会(以下、VHO-net)の東北学習会の運営委員やワークショップ準備委員を務めてきた菱沼優子さんは、乳がんの患者でもあります。闘病による制約を受けながらも、当事者であり医療職であるという独自の立場で、積極的にヘルスケア関連団体や地域での活動にかかわる菱沼さんに、その思いや、VHO-netとのかかわりについてお聞きしました。

医療とのかかわりとどのような仕事をされてきたのかを教えてください

医療との最初のかかわりは、生後1年に満たない時に大きなやけどを負い、幼稚園や小学生の頃に大学病院で何度か皮膚の移植手術を受けた経験です。私自身はやけどについては覚えがなく、その後の入院生活でみんなに優しくしてもらった思い出だけがあり、特にイキイキと働くナースに憧れ、看護師を目指しました。地域での活動にも興味を持っていたので、横浜赤十字病院に勤務しながら、神奈川県立看護教育大学校で地域看護を学びました。その縁でコンチネンス協会の西村かおるさんに出会い、それまでの排泄ケアのあり方を反省してもっと学びたいと考え、コンチネンス協会の活動に参加するようになったのです。

ちょうどその頃、結婚して宮城県に住むことになったので、地元の自治体に看護師として就職しました。認知症外来に勤務し、在宅介護支援センターに異動後、介護保険制度が始まり、ケアマネージャーとして働いたり、認知症高齢者グループホームやデイサービスの立ち上げに携わったりするなど、充実した日々でした。

その後、排泄ケアや認知症ケアをもっと深めていきたいと思い、コンチネンス協会で一緒に活動していた医師が開設した仙台の認知症専門病院に、管理職として就職しました。しかし、1年も経たないうちに乳がんが見つかり、しかもステージⅣという進んだ状態だったため、しばらく治療に専念することになりました。治療が一段落して職場復帰を試みましたが、気力と体力がついていかず退職しました。その後1年間自宅で療養生活を送ってから、幼保一元化施設で働くようになり、今に至ります。職場に迷惑をかけ、一時は自信をなくしていましたが、今は元気な園児に囲まれながら、乳幼児施設の保健職という新たな分野で、試行錯誤しながら楽しく働いています。

コンチネンス協会ではどのような活動をされていたのですか

コンチネンス協会は、すべての人が気持ち良く排泄できる社会づくりを目指す団体で、排泄障がいのある当事者に加え、排泄ケアにかかわる専門職が多く参加しています。活動に参加して、看護師や介護福祉士などの専門職が排泄ケアについてのさまざまな問題に直面しており、正しい情報を得たい、スキルを磨きたい、仲間をつくりたいと考えていることを実感しました。そして、正しい情報を広めて排泄にまつわる社会の偏見やタブーをなくしていくためには、地域に根づいた活動が必要だと考え、看護師や介護福祉士の仲間に呼びかけて宮城県勉強会を立ち上げました。月に1回のペースで定例会を開催し、事例検討を行ったり、用具や制度の勉強をしたり、排泄ケアに悩む方の相談を受けたりするなど、横のネットワークを広げながらさまざまな活動を行っていました。しかし、介護保険制度施行とともに、中心メンバー皆の本業が忙しくなり、ボランティア活動である会そのものの運営が難しくなりました。また、事務局を引き受けてくれていたメンバーが急逝し、さらに私の発病もあり、残念ながら宮城県勉強会としての活動は休止しています。でも、どの年齢においても、どのような立場でも、排泄ケアはとても大切なことです。私も協会の一員として、これからもできる活動をしていきたいと思っています。

VHO-netとのかかわりや今後期待するところを教えてください

VHO-netの存在はコンチネンス協会を通じて知り、2004年に東北学習会が設立された時から参加してきました。乳がん患者となった時、治療について一番に相談しようと思ったのが、当事者団体であるピンクのリボンのメンバーでした。看護職でありながら、自分の専門分野以外の情報はとても少なく、本当に助けられました。その後、自分も患者としての気持ちを話したり、皆さんの話を聞いたりする中で、東北学習会という“場”が私の安心できる居場所の一つになっていました。治療が一段落してから東北学習会の運営委員になり、地域学習会合同報告会やワークショップにも参加し、地域や抱える病気も異なるさまざまな立場の方と出会う機会をいただきました。

VHO-netの魅力は、さまざまな人と出会い、その生き様を知ることで、生きる力をもらえることだと思います。困難の多い人生を乗り越えつつ一歩前に出ようとするパワーや、自分から動きだそう、社会のために役立ちたいというエネルギーを感じます。VHO-netでの出会いは、私にとって大きな宝物です。

当事者であり医療職でもあるという立場についてはどのような思いがありますか

VHO-netは、患者と医療者がともにより良い医療、より良い社会をつくることを目指していますので、私自身も患者としての目線を持つようになったことはプラスの面もあると感じています。患者として、医師は多忙であり、特に外来診療の場で納得のいく診療を受けるためには、患者が“患者力”を身につけ、医師に働きかけてコミュニケーションをとる必要があることを実感しました。本来、医師と患者をつなぐのは看護師の役割だと思いますが、看護師自身も仕事に追われ、じっくり患者の話を聞く余裕がないのが現状です。患者としてどうすれば患者力を育めるか、看護師としてどうすれば患者の思いをくみ取り、医師と患者をつなぐ理想の看護ができるのか、双方の立場から模索したいと考えています。

今年は、ワークショップ準備委員として、また信頼されるピアサポートプロジェクトのメンバーとして、医療者でもあり患者でもある立場で、ピアサポートを考えることのできた一年でした。ここでの経験や学びは、私自身の生きる力にもなりますし、今後、同じく病気を抱える仲間のために役立てることができたらと思っています。

今後は、どのような活動に取り組みたいですか

昨年、VHO-netのご縁で、「慢性病患者ごった煮会」に参加しました。そして、自分の思いや経験を語り、純粋に聴くことには大きな意味があると実感し、今年の東北学習会のテーマに取り上げました。今後も、こうした機会をつくっていきたいと思います。運営委員の中では、関東学習会や関西学習会で取り組んでいる、エピソード発表や模擬講演も試みてみたいという話も出ています。

また、個人的には「生きること、死ぬこと」について語ることに関心があります。病気や障がいのあるなしにかかわらず、人生はみな大変な道のりだと思います。東北では東日本大震災で、人生を余儀なく変えられてしまった方も大勢いらっしゃいます。そんな中、誰もが生きることや死ぬことについて、もっと気軽に語り合う場が必要ではないかと考えています。

私自身は2007年に乳がんを発症後、3回再発転移しています。今は病状が落ち着いていますが、まだ5年先のこととなると、具体的には考えられません。しかし、VHO-netの仲間から「誰でも、突然病気になることはある。それは自分に与えられた一つのできごと。その中でできるだけ楽しく自分らしく生きていくことが大切」ということを学びました。多くの出会いから学んだことを大切に、これからも一日一生の思いで日々を大切に生きていきたいと思っています。

菱沼 優子 さん プロフィール

岩手県盛岡市出身。日本赤十字武蔵野短期大学卒業後、武蔵野赤十字病院、横浜赤十字病院に勤務し、神奈川県立看護教育大学校で地域看護を学ぶ。その後、宮城県で看護師、ケアマネージャーとして訪問看護やデイサービス、グループホーム、認知症施設での看護などにかかわり、現在は鹿島台子育て支援総合施設なかよし園に看護師として勤務。