<まねきねこ講座>

第1回
セルフヘルプグループって何でしょう?

特定非営利活動法人ひょうごセルフヘルプ支援センター
代表  中田智恵海(佛教大学 教員)
ヘルスケア関連団体、それは皆様さんの活躍の場です
Self-Help Group(セルフヘルプグループ)とも呼びます。歴史をたどれば、古くはハンセン病患者の会や結核患者の会に始まり、最近では薬害AIDSや肝炎患者の会の活動がよく知られています。今では病気の数だけあるといわれるほど、多くのヘルスケア関連団体があります。
人生の危機は自分自身に潜在する可能性をひき出すチャンス。
セルフヘルプで生き直しましょう。

同病者の集まりを、”仲間同士で傷のなめあいをしている“と言われることがあります。しかし、セルフヘルプグループはそうではありません。セルフヘルプグループには、大きく分けて2つの役割があります。1つ目は、同じ病気の人たちが集まって一緒に力を合わせることで病気と闘う勇気や希望を得たり、「病気になった自分はダメな人間だ」という自分に対する否定的な気持ちから抜け出して、「病気を抱えて自分らしく生きよう」と自分を肯定して生きる境地に達するような働きかけをします。これは病者が内的に変容することです。2つ目は、安心して治療が受けられるように医療者と協力し合ってより良い療養環境を整えたり、患者のニーズに沿った社会制度に改善するように行政に訴えたり、病気に対するいわれの無い偏見を取り除くような活動です。これらは外的な変容をめざした活動です。言い換えると、セルフヘルプグループは”病者自身の内的な変容“と”広く社会という外的な変容“の二つを可能にします。少なくともこれら2つのいずれかをもっている場合をセルフヘルプグループと呼びます。

診察室の待合室で偶然に出会った同病の人たちが、待ち時間に話し合って元気になることもあります。これは一時的にセルフヘルプが生じている場合と申せましょう。しかし、セルフヘルプグループと言う限りは、そうした活動が継続的に行われる場合を指します。単なる偶然の出会いではなく、そうした出会いが生じるように定期的に例会を開いたり会報を発行したりする必要があります。

セルフヘルプグループには病気以外にも不登校、ひきこもり、虐待、拒食や過食などの摂食障害、アルコールや薬物依存、そしてこれらの家族の会などといった、生活困難を抱える人々の極めて多様なグループがあります。そうしたグループの多くは医師・保健師・看護師・教員・ソーシャルワーカー・心理士といった専門職者に依存しないで、時には協働し、自分たちで主体的に活動しています。現在、こうしたグループは兵庫県だけでも約300あります。

ここでは病気を抱える人たちのセルフヘルプグループについて、2年間8回にわたってお話しいたします。皆さんの活動に何らかの参考になれば幸いです。また、ご意見や質問などお寄せいただきましたら有難く思います。

内的変容と外的変容という2つの役割はどうして果たせるのでしょうか?

少しずつ考えることにして、今回は「内容変容の始まり」について。

(1).まず病気の診断を受けた時、「そんな病気になるなんて何かの間違いだ、そんなはずはない」とにわかには信じられなかったのではないでしょうか。そして、その内に「やっぱりそうらしい」と受け入れ始め、「どうして自分が?こんな病気になるのは自分ひとりだ」と、なお迷い、逡巡します。しかし、何かのきっかけでセルフヘルプグループを知り、しばらくは参加をためらうこともありますが「病気についての情報を得たい、あるいは他の同病の人はどうしているのだろう?」と止むに止まれない思いから、グループの例会に参加します。ここまでが第一段階でしょう。

(2).例会で同病の仲間と出会います。そこで「同病といっても自分とは違うなぁ」とがっかりすることもあるでしょうが、大抵は「自分だけではなかった」とホッとするでしょう。そこでは同じ病気の人たちのグループですから、自分の症状や自分を取り巻く周りの人たちの対応など、詳しく説明しなくても分かり合え共感し合えます。孤立する不幸感からの解放です。“孤立”は思いの他、大きな影響力をもって、二次的、三次的に問題を積み重ねていきます。ひとりぼっちでは人間は何もできません。自分の辛さや悲しみを分かってもらえる相手もいない、喜びを分かち合う人もない、情報はどこからも入手できない、となると自分が存在する意味を見つけることも難しくなるでしょう。ですから、「例会で仲間と出会って自分の思いや症状を分かってもらえた」という経験はとても重要なことなのです。

この時、さらに大切なことは例会に初めて参加した人が「ありのままの自分を分かってもらえた」という体験です。そこには評価も審判もありません。しかし、同じ病気とはいえ、それぞれがもつ元々の生活環境、キャリア、対人関係の豊かさや乏しさなど、細かな部分になると異なる部分が必ずありますから、「同じだけど違う」という感覚もあるはずです。その時に、評価したり審判したりすると「あなたは同病だけど、○○だから仲間じゃない」というふうに受け取られてしまいます。難病という困難を抱えて、どうして生きていけばよいのか、と崖っぷちに立たされた人は最後の一押しで崖から突き落とされることでしょう。健康な人たちの仲間に入れない人が同病者からも「あなたは○○だから仲間じゃない」と排除の条件を突きつけられると、生き辛さは何倍にもなってしまいます。

もうお分かりでしょう。だからこそ、初めて例会に参加した人を皆さんはできるだけ温かく、同病というだけで心から歓迎しようとされるのです。それは、かつて病気でなかった自分が居た場所からはみ出して別のグループに入るその時、温かく迎え入れられたことがどれだけ嬉しかったか、どれだけ有難かったかが分かっているからですし、同病者からも受け入れられない辛さもよく分かっているからなのです。この”何の評価も審判もしない、ありのままを受け入れる“という方針はどのヘルスケア関連団体にも貫かれていなければならないでしょう。それでこそ、同病者同士としてセルフヘルプグループにつながることができるのです。

これが第二段階です。今回はここまでにいたしましょう。次回からはセルフヘルプグループでの活動を通して、“どんな風に病気と向き合い、病気を抱えて自分らしく生きる術をどうやって獲得していくのか、さらに病気を抱えたまま、生きていきやすい環境をつくり出すセルフヘルプグループの活動”について順を追ってお話しすることにいたします。

筆者紹介

口唇口蓋形成不全の子どもの親の会の元代表、世話人を経て2000年より、佛教大学 教員、特定非営利活動法人 ひょうごセルフヘルプ支援センター代表
情報誌を発行したり、毎年セルフヘルプセミナーを開催して、さまざまなセルフヘルプグループを市民、行政職者、専門職者などに広報し、生活課題を抱えて孤立する人をセルフヘルプグループにつないだり、リーダー支援のための研修会を開催している。