<トピックス>

患者の視点から、臨床試験・治験のあり方を考える取り組み
「臨床試験・治験の語り」データベース構築プロジェクト

新しい薬などを開発するうえで欠かせない臨床試験・治験(※1)。しかし、一般的に臨床試験・治験はあまりなじみがなく、正しく理解して積極的に参加する人は少ないのが現状で、その理由のひとつとして体験者の声を聴く機会がないことが挙げられるのではないかと考えられています。このような状況の中で、体験者の多様な声を聴けるデータベースをつくるとともに、その語りを基に臨床試験・治験のあり方の改善を提案することを目的に、「『臨床試験・治験の語り』データベース構築プロジェクト」という取り組みが始まっています。2015年2月には、プロジェクトを紹介し、臨床試験・治験について語り合うシンポジウムも開催されました。 そこで、プロジェクト主任研究者である武藤香織さんに、患者の視点から臨床試験・治験のより良い実施体制や適切な情報提供のあり方を考える取り組みについてお聞きしました。

※1 臨床試験・治験:医薬品や医療機器を人に使った時の安全性や効き目について調べることを「臨床試験」と言い、その中でも国から製造や販売を認めてもらうために行われる試験を「治験」と言う

体験談の多様性を活かし、臨床試験・治験への理解を深める試み

東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 教授 武藤 香織 さん

「『臨床試験・治験の語り』データベース構築プロジェクト」とはどのような取り組みですか?

私たちの研究室は、医学の研究に参加する患者さんたちの理解を深め、研究者と研究対象者の間を取り持ち、倫理的な問題を考えながら双方からのフィードバックを得て、医療や医学教育に役立てる取り組みを行っています。「臨床試験・治験の語り」データベース構築プロジェクトもそのひとつで、新しい薬や医療機器の開発に協力したことのある人にインタビューし、今後のあり方に役立てる取り組みです。治験や臨床試験に参加して終了した人だけでなく、打診や説明を受けたが断った人、参加したが医師の判断で中止となった人、何らかの理由で本人が中断を申し出て中止となった人にも体験を語っていただき、体験談を整理した内容を「健康と病いの語りデータベース」というウェブサイトで公開するとともに、その分析を他の患者さんの支援や医療者の教育に活かし、患者さんの視点から臨床試験・治験を見直そうとするものです。

今まで日本では臨床試験・治験に協力した患者さんの声を聴く場がないところから、患者さんの意見を反映して臨床試験・治験の仕組みを見直し、安全性への理解を深めていくために、2012年からこのプロジェクトを始めました。なるべく多様な方々の体験談を集めるために、医療者、患者団体、新聞等を通じて参加者を募集してきました。今回のシンポジウムは、プロジェクトの進捗状況を公表するとともに、語り手を増やすことを目的に開催したものです。

このプロジェクトにはどのような意義があるのでしょうか?

まず、患者さんや一般の方たちには、臨床試験・治験の参加者の体験や考え方は多様であることを知ってほしいと思っています。つまり、もう少し気軽な気持ちで参加しても良いと思えるかもしれませんし、新しい治療が受けられると期待し過ぎるとがっかりすることもあることも知ってほしいのです。

また、私たちはこのインタビューのデータを基に研究を進めるのですが、患者さんが研究参加するにあたって、今まで指摘されていない問題点を患者さん側から教えていただく素材にしたいと考えています。たとえば、これまでのインタビューの結果を見ていると、臨床試験・治験は治療の場である病院の中で行われるため、ご自分のための治療と区別して意識することは難しい場合もあるということがよくわかりました。しかし、患者さん本人が完全に治療だと理解しているとしたら、インフォームド・コンセント(※2)の進め方が十分ではなかった可能性がありますが、実際には、多くのCRC(臨床研究コーディネーター)は、患者さんに理解してもらおうと努力しています。もしかすると、CRCがていねいに説明すればするほど、かえって患者さん自身が臨床試験・治験に参加するかどうかを決めるという自覚は醸成されにくくなるのではないかという気もします。このように、このプロジェクトが、臨床試験・治験に隠れている問題の発見や分析、また医療者の教育に役立つことを期待しています。

臨床試験・治験への理解を深めるためには、今後、どのような取り組みが必要だとお考えでしょうか?

CRCを含めた医療スタッフは、臨床試験・治験の計画について、長い時間をかけて準備し、内容も熟知しているのに対し、声をかけられる患者さん側は、内容を予習する場もなく、突然インフォームド・コンセントの場に臨まなければならず、とても受け身な状態で、そこに両者の大きな差があります。そうした行き違いを解消していく場として、一般の方に向けて、臨床試験・治験情報を公開するだけではなく、臨床試験・治験そのものの性質がわかる場、患者さん向けのポータルサイトのようなものが必要だと考えています。今回のプロジェクトもそうしたもののひとつになると思います。

また、米国の患者団体のように、患者さんと研究者の“つなぎ役”になれる人材を増やすことだと思います。つまり、ある病気に関する研究がどのような状況にあるのか、患者さんにわかりやすく伝えてくれる人材です。さらにそうした人たちが横につながることのできる場が必要です。私たちにできることはささやかなことですが、こういった研究が役立ち、臨床試験・治験を取り巻く文化を変える一助になればと思います。

※2 インフォームド・コンセント:患者や被験者が、治療や臨床試験・治験の内容についてよく説明を受け、十分に理解したうえで、自らの自由意思によって同意を与えること

シンポジウム開催

臨床試験・治験について語り合おう〜体験談の共有に向けて〜

シンポジウムは2015年2月11日、北里大学薬学部の講義室にて開催されました。

まず「臨床試験・治験の語り」データベース構築プロジェクトの紹介がなされました。今まで医学研究にかかわってきた患者の立場からの意見は十分に集約されていなかったため、体験談を集めることによって、患者の目に臨床試験や治験がどう映っているのかを分析し、患者へのより良い説明・同意取得のあり方、医療者と患者の関係づくりなど、今後の国内での臨床試験・治験に活かすことを目的としていることが述べられました。そして、現在、参加者のインタビュー収録が進行中であること、体験談をデータベース化して、「健康と病いの語りデータベース」のウェブサイトで、2016年3月に公開予定であることが紹介されました。

次に、製薬企業担当者、研究者、当事者の支援者の3者がパネリストとなり、臨床試験・治験の啓発に向けて体験談の多様性をどう活かすかをテーマにディスカッションが行われました。聴講者から「治験に対する立場の違いから認識の差がある」「患者はあくまで治療、医師は研究としてとらえている」「患者にとって、生活習慣病の薬の治験のような生命に直結しないものと、オンコロジー薬などの生命に直結するようなものでは、とらえ方はまったく異なる」「CRCが患者にていねいに説明しても、必ずしも理解できるわけではない」など、臨床試験・治験の課題についての発言もあり、活発な討議となりました。

最後に「治験に限らず、医療の研究全体に患者さんが参画していくのが普通という状況にしていきたい」との主催者からのメッセージで終了しました。

シンポジウム概要

主催
「臨床試験・治験の語り」データベース構築プロジェクト

後援
北里研究所病院バイオメディカルリサーチセンター
認定NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパンNPO法人 ささえあい医療人権センターCOML
●参加者は、一般市民、患者団体関係者、医療関係者、
 治験にかかわるCRC(臨床研究コーディネーター)
 SMO(治験施設支援機関)関係者、
 CRO(受託臨床試験機関)関係者など